- 2021.03.13
- 【開催レポート】デートDV防止スプリング・フォーラム2021
恋人間の暴力“デートDV”について活動する団体や、行政・学術関係者、関心を持つ一般参加者が集い、デートDVにまつわる最新の情報や研究成果を発表する「デートDV防止スプリング・フォーラム」が今年も3月7日に開催された。
毎年春に開かれている本フォーラムだが、昨年は新型コロナ感染症拡大の影響で予定日直前で中止に。今年は対面形式のイベントではなく、zoomを用いたオンライン形式で開催し、デートDV防止全国ネットワーク理事・阿部真紀が司会進行を務めた。
フォーラムは10時から13時までの午前の部と、14時から17時までの午後の部の二部構成。今年の参加者は175人(学生39人、一般44人、正会員18人、個人賛助会員54人、団体賛助会員10団体20人)だった。
デートDV防止全国ネットワーク代表の山口のり子は開会の挨拶の中で、「コロナ禍で格差は一層広がったが、その中でも最大の格差がジェンダー不平等がもたらす男女間格差だ」と述べ、非正規雇用の女性の失業、女性の自殺やDVの増大など、コロナがあぶり出した数々の問題の根本には日本のジェンダー不平等があると訴えた。
* * *
内閣府の取り組みの報告
イベントの冒頭では、内閣府と文部科学省および警察庁の担当者による、デートDVに関する各行政機関の取り組みについて報告が行われた。
はじめに登壇した内閣府男女共同参画局の林伴子氏は、まず2017年度に内閣府がおこなった「男女間での暴力に関する調査」の結果を紹介した。
交際相手からの暴力(デートDV)の被害経験に関しては女性の5人にひとり、20代に限ると3人にひとりの割合で被害経験があった。被害にあった女性の4割、男性の5割はどこにも相談していなかったという。
また「無理矢理に性交等をされた経験があるか」という質問に対しては、女性の約13人にひとりが「経験がある」と答えた。加害者は、配偶者、交際相手や職場の関係者など被害者が知っている人がほとんどで、まったく知らない人からの被害は1割程度だった。性被害にあった女性の6割はどこにも相談していなかった。内閣府がかねてから実施してきたデートDVや性暴力に関する電話やSNSでの相談事業に関しても報告があった。
コロナ禍に入ってからのDV相談件数は顕著に増えていて、2020年4月〜12月の相談件数は14万7,277件で前年同期比1.5倍だったという。こうした現状を踏まえ、内閣府では昨年6月に「性犯罪・性暴⼒対策の強化の⽅針(概要)」を策定し、令和2年度〜4年度の3年間を「性犯罪・性暴⼒対策の『集中強化期間』
」と定め、被害の相談をしやすい環境整備や、性暴力予防のための広報・啓発活動などに取り組んでいる。この「強化の方針」では国の施策として初めて「デートDV」の文言が盛り込まれ、恋人間の暴力が社会的な問題だと認識された。啓発・教育の一環としては「生命(いのち)の安全教育」の推進を掲げている。子どもを性暴力の当事者にしないために、中学校・高校の段階で学校教育の中でデートDVや性暴力についての学習を盛り込むという。
2021年3月を目処に文部科学省と協働で教材作成を進めていて、4月からそれを用いたモデル授業を行う。* * *
文部科学省の取り組み
続いて登壇した文部科学省の高野智志氏は、内閣府と協働して進める「生命(いのち)の安全教育」の実施に関して報告した。
生命の安全教育では「生命を大切にすること」や「加害者・被害者・傍観者にならない」ための教育を推進。年齢に応じた学習内容は以下のとおり。
・幼児期・小学校低学年:「水着で隠れる部分」は他人に見せたり、触らせない。もし触られたら大人に言う。また他人のプライベートゾーンは触ってはならない。
・小学校高学年・中学生:SNS等で知り合った人に会うことの危険性や、被害に遭った場合の対応
・中学・高校:いわゆる「デートDV」、性被害に遭った場合の相談先
・大学:レイプドラッグ、酩酊状態に乗じた性的行為、セクハラなどの問題や被害にあった場合の対応、相談窓口の周知3月中に教材を作成し、4月から学校教育の中でモデル授業を展開し、教材の改善や指導モデルの開発などを行う。また、教職員間の理解を深めるための研修会なども実施していくという。
* * *
警察におけるDV、ストーカー事案への対応
続いて警察庁の堂原みなみ氏が登壇。警察がDVやストーカー事案にどのように対応しているかを報告した。
昨年(2020年)警察が扱ったDV事案は8万2,642件。配偶者暴力防止法が施行された平成13年(2001年)以来最多となった。ただし、前年比の伸び率は0.5%(+436件)で、ここ数年は年6%程度増加していたことを勘案すると、増加ペースは鈍化している。内閣府のDV相談件数の伸び率(前年比1.5倍)と比べても小さかったが、警察としては事案の「潜在化」も念頭に情報把握に努めているという。
警察に寄せられたDV相談の8割は女性が被害者、残り2割が男性被害者からのものだったが、男性被害者の割合が年々増加している。
また、平成26年(2014年)1月にDV防止法の適用範囲が拡大され、従来の「婚姻関係・内縁関係」に加え、「生活の本拠を共にする交際関係」も含まれるようになってからは、同棲関係の被害相談が増加。昨年はDV相談の17.6%が婚姻関係のない同棲相手からの暴力だったという。* * *
基調講演:「台湾に学ぶ」
「台湾に学ぶ」と題した基調講演では、台湾全土でDV防止活動を展開する「ガーデンオブホープ基金」の代表・王玥好(Wang Yue-Hao)氏を迎え、彼らのこれまでの歩みと、台湾が行っているDV防止の施策について話を伺った。
台湾のDV防止の取り組みは日本よりもはるかに進んでいる。防止教育の分野では「家庭内暴力防止法」「性的暴行犯罪防止法」「ジェンダー平等教育法」の3つの法律が存在し、それを根拠に学校教育の中でジェンダー平等やDV・性暴力防止に関する授業が年間20時間以上行われている。
そんなDV防止の先進国である台湾は、いったいどのようにして現在の仕組みを作ってきたのか、またその歴史の中でガーデンオブホープをはじめとする民間団体がどのような働きをしてきたのだろう。<ガーデンオブホープのこれまでのあゆみ>
「ガーデンオブホープ基金」は、1986年にジェンダーに基づく暴力を防ぐために活動をスタート。家庭内暴力や性的暴行、子どもへの性的搾取や若年女性の妊娠に伴う問題などに取り組んできた。
サポートだけでは問題を解決できないと考え、関心を高めるための啓発活動もしている。法律改正や社会教育改革などについて政府への働きかけも積極的にしている。台湾では40年近く敷かれていた戒厳令が1987年に解除された。戒厳令下では政治活動や言論の自由が厳しく制限されていたが、解除されたことで様々な団体やNGOが発足。当時の台湾社会は多くの問題を抱えていたが、女性への暴力の問題もそのひとつだった。
台北市や高雄市では80年代末期から家庭内暴力防止活動を始め、女性福祉サービスセンターを運営していたという。台湾社会がDV問題により積極的に取り組むようになったのは、1993年に起きたDV被害者女性が加害者である夫を殺害した事件がきっかけだった。
犯人の女性は性的暴行を受け、やむを得ず男性と結婚。結婚後も夫から肉体的・精神的に激しい虐待を受けていたという。何年間も苦しみ続けた末、精神的に不安定な状態で夫を殺害した。
この事件を機に、国内の弁護士や女性団体がDVを女性の人権問題として積極的に取り組み、DV防止法制定を強く働きかけた。95年にDV防止法案をまとめ、97年に立法院(国会)に提出、98年に法案が可決された。ガーデンオブホープはその後もDV被害者の支援を続ける中で、DVの被害にあうのは必ずしも女性ばかりではないことに気づく。一定の割合で存在する男性被害者のために2004年に男性向けの無料電話相談窓口を設置。
さらに、ここ10〜20年の間に増えた外国人配偶者にも注目。外国人配偶者のための専用の相談窓口も設置。
近年はセクシャルマイノリティのDV被害者にも注目し、マルチジェンダーの被害者にも支援を始めるなど、支援対象者の幅を広げている。2011年には台湾親密関係暴力危険評価表(TIPVDA)を作成。短時間で暴力の危険度を判定できるようにした。この評価表で危険度が高いと判定された場合は緊急的な措置としてシェルターへの入所や緊急保護命令の発令手続きをとることとした。
また、こうした活動を通じ、暴力から逃れる女性にとって大切なのは、経済的自立であることもわかってきた。2012年には台湾政府に対し「女性の経済的自立を支援することが肝要だ」と申し入れた。
今後は暴力から逃れる女性のために、就業支援や補助金などの支援案を積極的に提供していくそうだ。ガーデンオブホープは暴力防止の取り組みをすすめるべく、様々な関連機関に対し、法律や規則の改正などを提言してきた。内政部(内務省)、警察、司法機関はDV防止に積極的だったが、教育省(文部省)は取り組みを始めるのが遅く、2017年になってようやく親密関係暴力事件への対処マニュアル作成を始めたという。
<台湾のDV防止法について>
「家庭内暴力防止法(DV防止法)」は台湾のDV防止のための主な法律。司法機関や警察機関など関連部署がこの法をもとに制定してきた注意事項や規則には被害者保護や子どもとの面会交流や扶養などの措置についても盛り込まれている。
この法律により、政府が担う役割は2つ。
1つ目は法律、規則、政策の制定。2つ目はDV防止の政策の実施や監督に伴い各主管機関のサポートの質の向上だ。DV防止教育や被害者保護、加害者の処遇などについて政府は大きな権利と責任を持っている。DV防止活動を推進するための財源は、「DV防止基金」が管理している。基金への財源確保は行政院(内閣)が行っていて、政府は十分な予算を確保しなければならない。
基金に積み立てられるのは、起訴猶予による処分金、司法取引の費用、基金運用による利息の収入や寄付金、罰金など。台湾ではDV防止法に基づき、DV被害者支援業務はNGOなど民間団体が業務委託の形で請け負っている。台湾内の多くの団体が支援活動をしながら、政策提言や法改正に向けた働きかけも続けている。
ここで一つの問題に直面しているという。政府から民間団体への委託という形をとっているがゆえ、政府が活動団体を管理・コントロールしようし、団体の自律性に影響を与えているというのだ。<台湾のDV防止教育>
これまでガーデンオブホープの教育事業では、学校、地域で知識を広めるほか、マルチメディアプロモーションや社会人への教育にも力を入れてきた。内容としてはDVの概念、DVが生じる原因、暴力の種類などの啓発が主だ。
DVを目撃した子には、DVの裁判を行う際に証人として出席しなければならない場合を考慮し、模擬裁判のモデル(ジオラマ)を使って裁判の意味や登場人物など裁判に関する基本的な知識も教えるようにしている。
台湾の学校教育の中で行われているDV予防教育では、地域の専門家またはその学校の教師が講師として教え、もちろん恋人間の暴力であるデートDVについても盛り込まれている。ここ数年はマルチジェンダーについても紹介している。
政府機関の中でDV予防教育を担当する衛生福利部保護司は、この数年間でDV予防のための多数のコンテンツを開発し、公式サイト上で共有していて、誰でも各種教材を無料で利用できるようにしたのだそうだ。
<被害者支援と加害者支援>
近年は被害者女性への住宅支援にも力を入れてきた。これまでガーデンオブホープは緊急対応用のシェルターしか提供していなかった。しかし、女性が暴力から逃れるためには、シェルターに1〜2週間程度避難するだけでは解決できない。根本的な解決には、DV被害者の女性たちが自立して生活できる環境作りが重要だ。
そうした観点から、政府に対して「中長期支援できるシェルターを提供すべき」と提唱している。行政が用意する公営住宅なら、安価な家賃で1〜2年の間安心して暮らすことができる。その間に経済的な基盤を築けるよう就職支援も提供する。ガーデンオブホープはこの2年間、台湾で唯一のマルチジェンダーのDV被害者支援を提供してきた。支援内容は一般の被害者向けの内容と同じで、シェルター入所や就職支援なども含まれている。
また、彼らはDV加害者の支援にも力を入れている。台湾の法律では、DV加害者への更生教育が義務付けられている。
加害者がアルコール依存症や薬物依存症などを抱えている場合、そうした問題にまで介入する必要があるかを検討し、必要と認められれば依存症への対応をするようにしているのだそうだ。<DV防止を推進した結果>
ガーデンオブホープを始めとした各団体と関係機関は20年以上に渡って様々なDV防止策を前に進めてきた。家庭内の紛争には深く踏み入れない考えを持っていた警察や司法関係者に対しては粘り強くコミュニケーションし、その意識を変えてきた。
また、無料の相談窓口の認知を広げ、「DVに関して公的な支援を求めることができる」という社会の意識を醸成してきた。
こうした取り組みの結果、20年以上前は年間1万件未満だったDVの通報件数は、現在では年間10万件にまで増えたという。<これからの展望>
近年台湾では被害者と加害者がお互いを訴えるというケースが増えている。この2年間でDV防止案件の約4分の1が当事者双方が互いに訴えるという状況だという。これまでの弱者に対する支配やコントロールというDVのパターンとは違う、特別な現象だ。こうした動きは、最近になって見られてきたもので、まだその原因やそれが何を意味するかは不明だが、今後政府に対して十分な調査と適切な支援を提案していくという。
もう一つの課題は、男性被害者の支援だ。以前は女性を中心としていたDV被害者支援だが、現在は男性向けの支援(被害者・加害者向け)も行っている。
社会の中にある「今までは父権社会のなかで感情をコントロールできずに暴力的な言動が現れやすかった」「一部の男性の暴力的な言動は女性によって扇動された」などの意見も深く考えさせてくれる課題だと捉え、耳を傾けているそうだ。そしてDV防止のためになにより大切なことは予防教育・大衆教育だという。
社会文化的に作られた男女差に基づく暴力を解決するためには、家庭や学校などでDVの問題に取り組む必要があるという。ガーデンオブホープは、引き続きジェンダー平等社会の実現を目指し、DV根絶に向けた取り組みを続けていく。
* * *
ユースプロジェクト:「大学生に性的同意を広げるには」
今年のユースプロジェクトは、日本の若者に「性的同意」を周知させるためには、どのような取り組みが必要なのかに焦点を絞り、実際に大学生に性教育を広める活動をしている3名が登壇した。
<杉山千菜美さんの発表>
一人目の登壇者は現在社会人として働きながら、性の健康教育を広げる「NPO法人ピルコン」でフェローとして活動している杉山千菜美さん。大学生時代の留学先であるアメリカカリフォルニア州の大学で性的同意ワークショップを行った際の経験をシェアした。
杉山さんの留学先の大学では、安全安心な学習環境の整備のために、性的同意を含めた性暴力に関する情報提供や学習の機会が設けられていた。入学後には履修登録の前に必ず性暴力防止のためのオンラインコースの受講が義務付けられていたり、学生や教授が主催する性的同意のワークショップも頻繁に行われていて、日本との意識の違いを感じた。
杉山さん以外にも日本人留学生が多い大学だったが、他の日本人学生は性に関するワークショップや勉強会にあまり参加していなかった。小中高までの性教育が十分でなかった日本人には性的同意の概念が理解しづらかったことや、性や恋愛についての対話に抵抗があるなど、日本人ならではの参加のハードルがあることに気付いた。そこで杉山さんは、日本人学生向けに「性的同意ワークショップ」を開くことを決意。日本人有志4人とともに、性的同意を日本文化の文脈で学べるイベントを開催した。イベントでは性に関わる問題を「自分ごと」としてもらうことを目標に、性的同意のみならず、セカンドレイプの話題や上下関係が性暴力に利用されるケースなどについても扱った。
受講後にある男性参加者は「これまで自分には関係無いと思っていたが、自分のみならず身近な人を守るためにも大切だ」と感想を語った。
杉山さんはこの経験から、若い世代に性的同意を知ってもらうためには、まず聞き手の属するコミュニティ・世代・文化に特有の話として伝え、自分ごととして捉えてもらうことが大切だと語った。<Safe Campus Keioの発表>
続いて、慶応大学で性暴力被害をなくすための活動をしている「Safe Campus Keio(以下SCK)」のメンバーである登山美和さんと山口愛加さんが登壇し、SCKの活動と彼らが実施した性暴力調査の結果について紹介した。
SCKは2019年11月に発足。現在約10名の慶応生が性暴力の被害者も加害者も生まないために、大学のあり方や学生の意識を変える活動をしている。
昨年2020年の9〜10月に、学内の学生と職員および卒業生を対象に性暴力の実態に関する調査を行った。調査の中で、性暴力を性暴力と認識できているかを問う質問では、「セクハラ(性暴力と認識している割合が86.6%)」「デートDV(同86%)」「同意のないボディタッチ(同71%)」など、性暴力であるにも関わらず、それを自覚していない人が少なくないことがわかった。
学内の性暴力被害については、女性の45.7%、男性の17.6%が学内で性暴力被害にあったと答えた。被害のシチュエーションとして多かったのは「飲み会」。相手は「先輩」からという答えが多かった。
被害にあった人の76%の人は、どの相談機関にも相談していなかった。「連絡するほど深刻だと思わなかった」と答えた人が多く、性暴力が日常化している現状が見える。またキャンパス内に設けられている相談機関も半数近くの人に知られていなかった。* * *
シンポジウム:「コロナ禍で見えてきたジェンダーと暴力の問題からデートDV予防教育の可能性を考える」
午後の部では、一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン共同代表の多賀太がコーディネーターとなり、3人の専門家を交えたシンポジウムを行った。
前半に各登壇者の講演、後半がパネルディスカッションという二部構成で、DV・性暴力・若年妊娠など、コロナ禍によって顕在化したジェンダーに基づく暴力を解決するために、効果的な教育やその普及について意見が交わされた。<講演内容>
■『若い世代が経験するジェンダー暴力:デート DV 、ストーカー、性暴力 その実情と対策』/北仲千里(NPO法人全国女性シェルターネット)
一人目の登壇者は北仲千里氏。社会学者でありながらNPO法人全国女性シェルターネットをはじめとした様々なNPO・NGOでジェンダーに基づく暴力(Gender based Violence)の被害者支援などに関わっている。
ジェンダーに基づく暴力(以下、ジェンダー暴力)とは、DV・性暴力・ストーカー・セクハラなど、女性が女性であるために被る性被害や虐待のこと。セクシャルマイノリティの人がそのセクシャリティやジェンダーが定型的でないがゆえに受ける暴力も含まれる。
北仲氏はこうしたジェンダー暴力は「女性の問題」ではなく、女性やセクシャルマイノリティが“ターゲット”となっている問題だという。
また、ジェンダー暴力は決して特別なものではなく、社会に蔓延しているものだ。ジェンダー暴力の被害者は世界中に10億人以上いるだろうと言われていて、海外ではその10億人がともに立ち上がろうと呼びかける「One billion rising」というムーブメントも起こっている。しかし、日本のジェンダー暴力に対する対策は、台湾や韓国などジェンダー暴力対策の先進国に比べ、まだまだ不十分であると指摘。DV防止法の適応対象が婚姻関係か内縁関係、または同居のカップルにだけに限定されている上、裁判所の保護命令も時間のかかる「通常保護命令」でおもに身体的暴力のケースにしか発令されないことを例に上げた。
また、全国各地にあるDV相談センターには支援内容に関する全国統一の基準も存在せず、どんな支援をどこまで提供し続けるかというガイドラインがないため、息の長い支援が必要なDVを被害者が、短期的な支援しか提供されないのが日本の現状だという。■『ひび割れたレインボー』/つじゆうさく(性暴力ワンストップ支援センター支援員)
二人目の登壇者は、性暴力ワンストップ支援センター支援員やLGBT相談員として活動するつじゆうさく氏。自身もLGBT当事者であるつじ氏は、セクシャルマイノリティに対する差別の前提には必ず女性に対する差別があり、それらはともに男性支配の社会で必然的にうまれたものだと語った。
ジェンダー公正な社会を目指すために、まず男性が恥ずべき特権を捨て、公平・公正に生きることから始めるべきだと主張。やり方は簡単で、家事をする・育児をする・暴力を振るわない・相手の意見を尊重するといった当たり前のことをするだけだという。多くのLGBTsを見てきたつじ氏は、LGBTsの人々も不平等な男女関係を見て育ったため、無意識的に性別役割を取り入れてしまっているという。その上、性的に寛容だという偏見などもあり、LGBTsこそセクハラなどジェンダー暴力のハイリスク集団だと訴えた。
ゲイ&バイセクシュアル男性1万人を対象にした調査では、性暴力被害にあったことがあるかという設問に、12歳以前に性被害にあったと答えたのは約12%。思春期以降に性被害にあったと答えは人は14.7%もいた。
(参考:平成 29 年度 厚生労働科学研究費補助金 エイズ対策政策研究事業「LASH 調査」報告書 2017 年)一般的にDV被害者は、加害者に支配されて孤立し、支援にたどり着くことが困難だとされている。もともと孤立しているLGBTsはそのハードルがより一層高い。
そもそも家族や友人にカミングアウトしていなくて頼れなかったり、狭いLGBTsコミュニティで被害が知れ渡ることを恐れていたりして被害を相談できない。相談窓口に電話しても「こちらは男女間暴力を相談するところです」などと言われ、相談機関に不信感をもってしまう人もいる。LGBTsのDV被害者は、こうして孤立を深めていってしまうのだ。■『性差別・暴力をなくすために男の子をどう育てれば?』/太田啓子(弁護士)
最後に登壇したのは、弁護士の太田啓子氏。太田氏は弁護士として離婚や相続などの家事事件・一般民事事件を取り扱うかたわら、法律やフェミニズムに関する書籍の著者としても活躍している。昨年出版された『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』は、特に男の子に性差別・性暴力についてどう教えるかをテーマに書かれた著作で、大きな反響を呼んだ。今後、韓国・中国・台湾でも翻訳が予定されている。
太田氏が『これからの男の子たちへ』を書いた動機として、これまで離婚裁判などに携わるなかで見てきたモラハラ夫たちの影響があるという。たくさんのDV・モラハラ夫を見てきた太田氏は、彼らが以下のような共通した特徴を持ち、容易に類型化できることに気づいた。
・暴力を振るいながら「愛してる」と言う。
・弁護士や裁判所の介入を極端に嫌がり直接妻と話したがる。
・泣いて謝罪しても妻が許さないとキレる。
こうした同じ特徴を持つモラハラ夫たちは、認知が歪んでいて、論理が通じない。どうしてこういう大人が生まれるかを考えていたという。自身も男の子の親となり、子育てをする中で、どんな子どもも性差別構造の強い社会で育つうちに、性差別意識を無意識のうちに刷り込まれてしまうことに気付いた。子どもは社会の中で育つ。ジェンダー不平等の意識を刷り込む社会が変わらない限り、家庭の中でどんなにジェンダー平等を意識しても限界があるだろう。こうした思いをこめて書き上げたのが『これからの男の子たちへ』だ。
太田氏は「この本の読者の男の子たちに、自分が性差別構造の中で特権をもっていることを自覚し、性差別や性暴力を他人事として捉えず自分自身がそれにどう抗っていくべきかを考えさせる機会を与えたい」と語った。<パネルディスカッション>
Q1:ジェンダーに基づく暴力に関して、新型コロナ感染症はどのような影響を与えた?
北仲氏:世界中のDV支援関係者が口を揃えて言っているのは“Don’t stay home”。「DVのある家庭にとどまっていてはいけない、シェルターに来てください」と訴えていた。またエッセンシャルワーカーのみが就労を許されていた国では、政府に対して「私たちDV被害者支援にたずさわる支援者もエッセンシャルワーカーだなのだ」と支援者たちが声を上げていた。
一方日本では、給付金の支給に関して「世帯主義」の問題が出た。給付金が世帯主に配られてしまうことで、世帯主であるDV夫から逃げている妻や、親から逃げている子どもが受給できないなどの問題が出てきた。私たちの団体も政府に支給方法に関する要望を提出し、政府としても徐々に改善をしてきたものの、世帯主義の問題点が広く知られることとなった。つじ氏:もともと孤立しがちなLGBTsにとって、コロナで出会いの場所がなくなっていることが日常的な打撃となって悩んでいる人は多いと思う。もともとLGBTsが先行していたDVや性暴力に関しては、さらに先行しているだろうと言わざるを得ない。ただ、それはストレスが原因というわけではない。支配関係のある間柄においては一緒にいる時間が増えればその分だけDVが増えるいうことだと思う。
太田氏:「コロナで離婚は増えていますか?」という質問をよくいただくが、これだけ先の見通しがない中で、今は離婚に踏み切れないという女性が多い。特に専業主婦は今から就職活動をしようというのは大変なこと。だからステイホームしながら、夫の地雷を踏まないようビクビクしながら暮らしている女性が多いだろうと思う。
台湾の王さんの話の中にもあったように、経済力をつけることがDVから逃れるために大事なこと。離婚事件を扱っていると、女性の貧しさを痛感するが、その原因は家事・育児・介護といったケア労働。その負担を当然のごとく女性に偏らせていることがどれだけ女性の力を奪っているかということを、コロナ禍でより強く実感している。Q2:子どもたちに向けてのデートDV防止教育の必要性についてどう考えるか?
北仲氏:組織で働いていると管理職が加害者に上手に説諭できないという問題にぶち当たる。「それは性暴力でしてはいけないことなんだ」と教育できないといけない。生徒に教育するためには、教育できる人を育てないといけないが、それは教員だけでなくすべての管理職の人たちに言えること。彼らがデートDVを含むDVやジェンダー平等、性暴力についてしっかりと学ばなければならない。
つじ氏:カナダのトルドー首相が「息子たちには…男らしい男になれというプレッシャーからはさっさと逃げてほしい…。人間をダメにするし、周囲の人もダメにする。…フェミニストであることが心地よいと感じてほしい」と語っていた。平等が心地いいという感覚は男性も実感できると思う。そのために男性だけがいいとこ取りをするということを男性がやめていくという“普通”のことを学んでいければよいと思う。
太田氏:包括的性教育や台湾のようなジェンダー平等教育・DV防止教育などを見ていると、そうした教育を受けないままに生きている私たち日本人は、まるで運転の教習を受けずに公道で車を運転しているような危なっかしいことをしているんじゃないかと思う。これから教育制度を構築していく必要性を感じる。
* * *
デートDV予防教育効果測定調査報告
最後のプログラムは、2020年度にデートDV防止全国ネットワークの依頼を受け合同会社Cono-baseが行ったデートDV予防教育の効果測定に関する調査報告。
全国の中学校5校で中学2・3年生を対象にデートDVに予防教育の授業を行い、授業を受けた生徒計753人にアンケート調査を実施。【暴力の認知】【暴力の許容】【ジェンダー観】の3点に関して、授業前/後の理解度を図った。
結果は3点すべてに関して授業前よりも授業後にポジティブな変化が見て取れた。変化の度合いとしては、暴力の認知がもっとも変化が大きく、次に暴力の許容、もっとも変化が小さかったのはジェンダー観だった。
授業後1ヶ月後の調査でも、約75〜85%程度授業の効果が持続していることが確認できたという。* * *
大会宣言
すべてのプログラムが終了したところで、フォーラムの締めくくりとして大会宣言が発表された。宣言の内容は次のようなもので、デートDV防止全国ネットワーク理事・三浦結香が読み上げた。
昨年は性的同意をテーマにこのスプリング・フォーラムを開催する予定でしたが、新型コロナウィルスの影響で開催を中止することになりました。スプリング・フォーラムの中止から一年が経ちましたが、世の中の状況はあまり変わっていません。
今年のテーマは「コロナ禍でのジェンダーと暴力」です。コロナ禍によってもともとあったジェンダーと暴力の問題がより見えやすくなったのではないか、それはひとつのチャンスが訪れているのではないかと考え、テーマとしました。
また、今年はオンラインでの開催となりましたが、オンラインだからこそ参加できる人がいることも事実です。オンラインという形式を選択した今こそ全国の人がつながれる機会なのではないかと思っています。
本日私たちはDV防止について日本も次のステージに立つために、先駆的な取り組みを繰り広げている台湾の事例を学びました。
ユースプロジェクトでは、性的同意をさらに広げていくためにアメリカのキャンパスの例を学び、その課題と可能性について考えました。
さらに午後にはコロナ禍で見えてきたジェンダーと暴力の問題から「デートDV予防教育の可能性を考える」と題し、若い世代が経験するジェンダー暴力の実情、孤立の中の孤立としてLGBTsとジェンダー暴力の問題、さらに男の子に焦点を当てジェンダー平等社会を実現するための鍵について課題提起をいただいた上でディスカッションしました。
今回のスプリングフォーラムのチラシは、「茨の先にある希望の光」をイメージしています。茨は困難な今の状況を表現しており、希望の光はその先にある新しい未来を表現しています。
私たちは、困難な今の状況にあるコロナ禍だからこそ気づけた新しい未来があると信じています。コロナ禍によって思うように活動ができない部分を、他者とのつながりによって補い、また新たな活動の可能性を生み出せるのではないでしょうか。
また、新しい未来には次の世代の活躍が期待されます。若い世代の課題の解決には、そのリアルを知る若い世代の知恵が必要です。
私たち大人が若い世代から学ぶことはたくさんあると思います。SNSの使い方、交友関係における世代間の考え方の違い、恋愛に関する価値観などです。
若い世代をデートDVやDV、性暴力の被害者にも加害者にもしないためには、予防・防止教育が大切で有ることを再認識しています。
これまでの実践から見えてきたエビデンスをもとに、より効果的な予防教育をすべての子どもたちに届けられるよう、私たちは今こそつながっていきましょう。
2021年3月7日
デートDV防止 スプリング・フォーラム2021- ライター:notalone